本当に久しぶりの更新です。
今日からは、ここ1年程度の記憶を辿りながら、そして新たに触れたこともサボらずにマメにアップしていきます。多分。
さて、7月の半ばに、久しぶりに大陸へ出向いてまいりました。
日曜の朝にセントレアを出発して、浦東から初の江蘇省無錫市江陰市へ、そこで2泊していつもの常州市へ、で、いつもの常州市には泊まらず上海へ向かって浦東で2泊。
いつもより1泊多い大陸出張でした。
出発当日、朝4時に起きてパッキングして慌てて空港にむかったのに、8:50発予定のMUが搭乗機未着で3時間遅れとのこと。前日から分かってるんなら電話の一本でもくれよーなんて思ってたら、結局7時間遅れ。
まー、こちらとしてはPCに向かって仕事する時間ができて結果オーライなわけですが、気の毒なのは休日出勤して浦東に迎えに来てくれていた江陰の開発区のスタッフで、早朝に江陰を出発して10時過ぎから夕方までずーっと空港で待ちぼうけだったというのですから、別にこちらは悪くもないのに浦東で彼らに会うなり「ごめんね」と典型的な日本人よろしく詫びてしまったのでした。
浦東から江陰へは車で4時間ほど。正確には江蘇省無錫市江陰市といって、いつもの常州市の隣なのですが、常州市が江蘇省のすぐ下の「地級市」なのに対して江陰市は無錫市という「地級市」のひとつ下の行政単位にあたる「県級市」。ちょっと日本人には馴染みにくいのですが、要は中国では省>市>県といった行政単位になっていて、規模感的には江蘇省を例にとってみると、人口7,800万人強の江蘇省が日本でいうところの「国」だとすると、人口500万人弱の無錫市や400万人強の常州市といった地級市は「県」、そして人口120万人弱の県級市である江陰市は日本の「市」に相当するといったところでしょうか。
じゃあ中国は何なんだ!!ということになるかと思うんですが、何なんでしょうか?中国とは・・・。
まぁ、所詮付き合いだして数年程度のボンクラには答えられるはずもないので、これはもう一生かけて答えが見つかればよいかなー、と。
で、話は江陰市に戻るのですが、今回は江陰臨港経済開発区という開発区からの招待で日本企業の提携先探しと開発区の視察に出かけたのですが、一定の成果があったといえばあったことになるのでしょうか。破格の条件を用意するから日本との窓口になる会社を作りなさい!と口説かれてきました。
まっ、世の中にそんなに上手い話はないことぐらい分かってはいるつもりですが・・・。
いずれにしても江陰市は揚子江(臨港の「港」とは揚子江のこと)を臨む中国でも屈指の裕福な県級市で、政治レベルでの日中関係の悪化が解消される兆しも見えない中にあって、開発区としては日本との関係を保つのに必死にならざるを得ない・・・といった現状を垣間見たような気がしたのでした。
開発区の玄関口で迎えてくれた大型ディスプレイ。中国の開発区や工場ではよくお目にかかるのだが、敬語の使い方が少しおしい感じだ。
開発区に隣接する港。港といっても海ではなく巨大な揚子江。はるか向こうの対岸は、曇り空のせいもあってか霞んでいる。
開発区を紹介する巨大な展示室。ちょっと分かりにくいが、左端のコンパニオン風の女性が案内してくれた。
というわけで、江陰の皆さんから歓待されつつ、そして例のごとく大酒も浴びつつ江陰での2日間を過ごして、車でわずか40分程度の常州へ向かったのですが、江陰にせよ常州にせよ相当に経済が発達した地域なので、「進出」といった意味では余程具体的なメリットがない限り今更感が否めないのですが、市場としてとらえた場合は大いにありだな~と思ったのでした。
「環境」「人材」「管理」「福祉」あたりが、このあたりの地域をマーケットとして捉えた場合の重要なキーワードになるような気がしています。
心当たりのある方は、ぜひご相談ください。
と、そんなこんな考えながら上海に向かう車中で、浦東のホテルで落ち合うことになっていた先輩にLINEで連絡を取ろうとしたら、LINEが立ち上がらない!
何かスマホに問題があるのかな~なんて考えていたら、どうもそういうわけではなかったようで・・・・。
で、この続きはいつになるか分からない後編で!
今日からは、ここ1年程度の記憶を辿りながら、そして新たに触れたこともサボらずにマメにアップしていきます。多分。
さて、7月の半ばに、久しぶりに大陸へ出向いてまいりました。
日曜の朝にセントレアを出発して、浦東から初の江蘇省無錫市江陰市へ、そこで2泊していつもの常州市へ、で、いつもの常州市には泊まらず上海へ向かって浦東で2泊。
いつもより1泊多い大陸出張でした。
出発当日、朝4時に起きてパッキングして慌てて空港にむかったのに、8:50発予定のMUが搭乗機未着で3時間遅れとのこと。前日から分かってるんなら電話の一本でもくれよーなんて思ってたら、結局7時間遅れ。
まー、こちらとしてはPCに向かって仕事する時間ができて結果オーライなわけですが、気の毒なのは休日出勤して浦東に迎えに来てくれていた江陰の開発区のスタッフで、早朝に江陰を出発して10時過ぎから夕方までずーっと空港で待ちぼうけだったというのですから、別にこちらは悪くもないのに浦東で彼らに会うなり「ごめんね」と典型的な日本人よろしく詫びてしまったのでした。
浦東から江陰へは車で4時間ほど。正確には江蘇省無錫市江陰市といって、いつもの常州市の隣なのですが、常州市が江蘇省のすぐ下の「地級市」なのに対して江陰市は無錫市という「地級市」のひとつ下の行政単位にあたる「県級市」。ちょっと日本人には馴染みにくいのですが、要は中国では省>市>県といった行政単位になっていて、規模感的には江蘇省を例にとってみると、人口7,800万人強の江蘇省が日本でいうところの「国」だとすると、人口500万人弱の無錫市や400万人強の常州市といった地級市は「県」、そして人口120万人弱の県級市である江陰市は日本の「市」に相当するといったところでしょうか。
じゃあ中国は何なんだ!!ということになるかと思うんですが、何なんでしょうか?中国とは・・・。
まぁ、所詮付き合いだして数年程度のボンクラには答えられるはずもないので、これはもう一生かけて答えが見つかればよいかなー、と。
で、話は江陰市に戻るのですが、今回は江陰臨港経済開発区という開発区からの招待で日本企業の提携先探しと開発区の視察に出かけたのですが、一定の成果があったといえばあったことになるのでしょうか。破格の条件を用意するから日本との窓口になる会社を作りなさい!と口説かれてきました。
まっ、世の中にそんなに上手い話はないことぐらい分かってはいるつもりですが・・・。
いずれにしても江陰市は揚子江(臨港の「港」とは揚子江のこと)を臨む中国でも屈指の裕福な県級市で、政治レベルでの日中関係の悪化が解消される兆しも見えない中にあって、開発区としては日本との関係を保つのに必死にならざるを得ない・・・といった現状を垣間見たような気がしたのでした。
開発区の玄関口で迎えてくれた大型ディスプレイ。中国の開発区や工場ではよくお目にかかるのだが、敬語の使い方が少しおしい感じだ。
開発区に隣接する港。港といっても海ではなく巨大な揚子江。はるか向こうの対岸は、曇り空のせいもあってか霞んでいる。
開発区を紹介する巨大な展示室。ちょっと分かりにくいが、左端のコンパニオン風の女性が案内してくれた。
というわけで、江陰の皆さんから歓待されつつ、そして例のごとく大酒も浴びつつ江陰での2日間を過ごして、車でわずか40分程度の常州へ向かったのですが、江陰にせよ常州にせよ相当に経済が発達した地域なので、「進出」といった意味では余程具体的なメリットがない限り今更感が否めないのですが、市場としてとらえた場合は大いにありだな~と思ったのでした。
「環境」「人材」「管理」「福祉」あたりが、このあたりの地域をマーケットとして捉えた場合の重要なキーワードになるような気がしています。
心当たりのある方は、ぜひご相談ください。
と、そんなこんな考えながら上海に向かう車中で、浦東のホテルで落ち合うことになっていた先輩にLINEで連絡を取ろうとしたら、LINEが立ち上がらない!
何かスマホに問題があるのかな~なんて考えていたら、どうもそういうわけではなかったようで・・・・。
で、この続きはいつになるか分からない後編で!